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こけしの歴史

人に歴史あり、こけしマッチにも歴史あり。
20世紀の末、大阪で生まれたこけしマッチが、時を経て全国に進出したり、仲間を増やしたり、海外に渡ったりした軌跡をご紹介します。

 

1994年 ビッグバン! こけしとマッチが融合しこけしマッチ創世

当時世間は

●大阪で産声を上げる

「箱」をテーマにしたグループ展に参加することに。どんな物を出展しようか考えていた時、マッチ棒を眺めていると、こけしの顔に見えてきたため、顔を描いて約300箱の「こけしマッチ」を完成。

●長期の冬眠に入る

グループ展の後、こけしマッチは数年間、押し入れに眠る。

2000年 売り上げ氷河期を経て第一次産業革命へ

当時世間は

●東京で初めて販売

3月、高円寺でフリーマーケットに参加。約100個のこけしマッチを1個300円で販売。売り上げは1個。

●雑貨店に初出荷

フリーマーケットに出店していた女の子が働く雑貨店へ、後日マッチを10個ほど卸す。

●量産を決断

マッチ工場に2,500個を発注し、顔付けは手描きでなくハンコで行うことにする。

●雑貨屋に売り込み

吉祥寺、高円寺、中野と中央線沿いの店ばかり4軒に売り込み、委託販売が決定。

●初の雑誌掲載

この頃、雑誌『宝島』のモノクロページに、こけしマッチが小さく紹介される。

●宇宙百貨に売り込み

2000年末、大手雑貨チェーンの宇宙百貨に連絡し、取り引きが決定。

2001年 大量生産により本格的に販売スタート

当時世間は

●宇宙百貨に納品

1月と4月にこけしマッチを納品。7月にはひよこ、つる、いぬの3種類も仲間に加わり、各1,000個×4種を納品。この4,000個のために徹夜で作業する。

●初の新聞掲載

5月、朝日新聞の「ブームの卵」というコーナーにマッチをアピール。8月25日号に掲載される。

●ホームページ制作

新聞掲載に先立ち、ホームページサイトを立ち上げ。

●初のシール制作

7月、シール4種を各3,000枚発注。工場の人に「これ、盗作じゃないですよね」としつこく確認される。

●初のTシャツを制作

7月、初代こけしTシャツを10枚制作。ネットで販売したり自分たちで着たりする。

●クリスマッチ制作

10月、台紙付のメリークリスマッチ(ブーツ・もみの木)を各2,500個制作。

●ロフトでの販売決定

ロフトのホームページ経由でマッチを売り込み。問屋を通じて卸すことになり、11月に初納品。

●若者の街・渋谷進出

10月、売り込みした渋谷のたばこと塩の博物館と、先方からメールが来た東急ハンズ渋谷店で取り扱いが決定。

●テレビに初登場

12月、びわこ放送「ぶるるるぶびわこ」で、こけしマッチとクリスマッチが紹介される。

2002年 さらなる飛躍に向けて第二次産業革命

当時世間は

●こけしの顔を印刷

4月、従来はハンコで押していた顔付けを印刷工場に頼む。納得の行く仕上がりになるまで試行錯誤が続く。

●てぬぐい発売

夏、「ひよっこ手ぬぐい」黄色・紺色を各100枚制作し、販売したり友人たちに配る。

●新作4種を開発

ロフトから新作の依頼があり、12月にブックマッチ(パンダ、ウサギ、ぶた、はち)のアイデアが固まる。

2003年 東大阪から東北へ、そしてパリへ羽ばたく

当時世間は

●さらば!ハンコ屋さん

顔付け用ハンコを発注していた大阪のハンコ屋がつぶれ、ショックを受ける。

●ブックマッチ4種を発売

1月、ロフトの新店舗オープンに合わせ、 ブックマッチ4種を発売する。

●祝!パリ進出

春、フランスのファッション誌『BIBA』にひよこマッチ掲載。知らない間にパリで販売されていて驚く。

●宮城県・鳴子から注文

雑誌『メンズ・ブランド』への掲載がきっかけで、鳴子のお土産店まるぜんから、こけしマッチの注文が来る。

●干支の「ざるマッチ」発売

ロフトからの依頼もあり、翌年の干支である猿にちなんだ「ざるマッチ」を考案。12月から各店にて販売開始。

2004年 メディアの追い風が吹き売れ行き順調

当時世間は

●宮城で人気に火がつく

2月、宮城テレビ「OH!バンデス」に、こけしマッチ登場。この頃、鳴子のお土産として認知され、旅行ガイドにも掲載される。

●日光と鳴子への旅

4月、日光の土産物店数軒に「ざるマッチ」を売り込むも、撃沈。その後、鳴子で皆様に親切にされて癒される。

●新聞デビュー

大阪の読売新聞にマッチデザイナーという肩書きで登場。カラー写真で顔も出る。

●テレビデビュー

5月、大阪のテレビ番組「ちちんぷいぷい」「おはようコール」でマッチが紹介され、電波に乗る。

●だるマッチ発売

5月頃、「必勝!だるマッチ」を制作。問屋さんに扱ってもらえず、地道に売って行くことにする。

●こけしタオル発売

「こけしタオル」&「鳴子お便りセット」を制作し、9月から鳴子限定で販売。

●年間売上げ1,000万円

この年、年間のトータル売上げ(卸し+ネット販売)が1,000万円を突破。

2005年 ブログの活用&「アエラ」掲載でHPにアクセス急増

当時世間は

●ホームページ変身

2月、ホームページがリニューアルされURLも変更。ブログ「こけしの出来事」も登場する。

●こけしミニタオル発売

前年から制作を開始し、満足のいく仕上がりになるまで時間をかけたミニタオル。春にようやく鳴子で発売。

●『アエラ』掲載

5月30日発売号にこけしマッチ制作所が掲載され、ホームページの訪問者数が飛躍的にアップ。

●新しいTシャツ発売

新こけしTシャツとひよこTシャツが8月末に完成。できた時には、夏が終わろうとしていた。 

●台湾の雑誌『突破』掲載

メールで取材依頼が来て、回答をメールで返信。8月号にこけしマッチ制作所の記事が載る。

●鳴子限定こけしマッチ発売 

9月、従来の「こけしマッチ」と全くデザインが違うバージョンを、鳴子だけで販売。

●台湾旅行を決行

台湾の雑誌に載った勢いで、現地へ飛ぶことに。美味しい物をたらふく食べて帰国する。

2006年 著作出版とイベント開催を初体験

当時世間は

●初の著作を発売

3月、毎日コミュニケーションズより「手づくり雑貨の売り方手帖」発売される。

●初のイベント開催

3月28日〜4月10日、名古屋の百貨店LACHICにてイベント「こけしマッチプレゼンツ 雑貨EXPO in 名古屋」開催。制作担当の両親、妹までもかり出され、レジや接客を行う。

●こけし顔ハメ、鳴子へ

春、名古屋のイベントで使用した、こけし&こけしマッチの顔ハメパネルを鳴子の土産物店まるぜんに嫁がせる。

●フランス版『エル』に掲載

5月、『エル』にブックマッチ2種が写真入りで紹介され、海外から何件も問い合わせのメールがくる。

●ベルギーにアポなし納品

6月、『エル』を見てメールをくれたブリュッセルの雑貨店roseに納品すべく、営業担当がベルギーに飛ぶ。無事に納品し、その場でユーロ換算して代金をもらう。

●すごろく制作に初挑戦

11月、『おしゃれでかわいい年賀状』(毎日コミュニケーションズ)に、年賀状デザインとすごろくが掲載される。

●2冊目の本の取材

2冊目の著作「大阪みてな帖」の取材のため、大阪を駆けまわる。

2007年 2冊目の出版、そして一体どうなる?

今年世間は

●2冊目、生みの苦しみ

冬の間、多くの取材先へのアポ取り地獄、めまいがするほど大量の撮影、現地に行ってなくても見てきたように書く原稿執筆を経て、ようやく入稿。

●2冊目の著作を発売

4月、毎日コミュニケーションズより「大阪みてな帖」が発売され、特に関西の書店にて好評を博す。

●大阪「はり重」で打ち上げ

5月、出版の打ち上げと称し、大阪の老舗「はり重」のお座敷にて高級牛肉をたらふく食べる。

●パリ本格進出、断念

5月、パリの高級百貨店ボン・マルシェから、日本のT社外商部を通じてマッチの注文が来る。が、航空便でマッチを運ぶのが困難なため、なくなく断念。

●2008年賀状をデザイン

春に干支のねずみをキャラクターにした年賀状製作会社からの依頼を受け、6月に完成させる。先方に大ウケした案はHP制作担当によるもので、制作担当の立場があやぶまれる。

●消しゴムはんこに挑戦

消しゴムはんこによる年賀状デザインの依頼を受け、にわかに消しゴム職人と化し、無事に仕上げる。


(まだまだ続く)

 
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